高精度位置決め キネマチックカップリング
光学関係や精密関係の人の多くは知っていると思うが、キネマチックカップリング(Kinematic Coupling)という結合方法がある。キネマチックマウントとも呼ばれる。
物体の6自由度を過不足なく拘束する手法であり、精密分野では多くの箇所に使用されている。最も一般的なのは、3つの球体と、3つのV型の溝を120度等しく配置したものだ。接している部分は6か所の、球とV型の溝との接触部のみ(ほぼ点接触)である。これに加えて、3つの球体に対して、V溝、平面、コーンをそれぞれ1つずつ配置するV・フラット・コーンも利用されることが多い。つまり、3つの球に対して、1か所はV溝、1か所は平面、最後の1か所はコーン(円錐型の穴)で接触させる方法である。この場合、V溝で2自由度(鉛直方向1軸、水平方向1軸)、フラットで1自由度(鉛直1軸)の拘束、コーンで3自由度(鉛直1軸+水平2軸)の拘束を付与している。
- 位置決め再現性が高い。
うまく使えば、一旦浮かして、再度結合させても1umレベルで簡単に位置を再現できる。 - 結合された物体にゆがみやガタが生じにくい。
6自由度を過不足なく拘束するために、アクチュエータと組み合わせて駆動させてもゆがみやガタが変化が生じにくい。ニューポート社のレンズマウントなどでも使われている手法だ。 - 高平面度不要
面同士の結合で再現性を高めたい場合は結合面の機械加工で平面度も上げる必要があるが、キネマチックカップリングであればその必要はない。
- 破壊応力には注意が必要。
完全に固定するためには結合方向に予圧を付与する必要があるが、点接触であるため、ボルトで単純に結合すると破壊してしまう恐れがある。ヘルツ接触の計算式で確認の上、適正な範囲で予圧をかける必要がある。予圧を上げて剛性を高めたい場合は、球径を大きくするか、許容応力の高いセラミック等の材質を使う等の対策が必要となる。 - スペースが必要。
球、V溝を3か所ずつ基本的には120度に配置するため、スペース確保、必要ならば予圧機構の設計が必要となる。一般的に高さ方向は小型化しにくい。 - コストが高くなる可能性がある。
単純なボルト結合に比べて、球やV型溝、予圧機構を構成する必要がある。再現性等の高い性能が求められる場合は、平滑度(面粗さ)を上げる必要がある。ただし先述の通り、平面度はいらないのでバランスによるところはある。 - 計算に手間がかかる。
厳密に剛性や固有値を見積もる必要がある場合は、シミュレーションで求めることが、点接触のFEMは少し厄介である。私はヘルツの式で接触面積で求め、それをFEMモデルに反映して一体でモデルを作るような工夫をした。固有値は実験値と大きな乖離はなかったように記憶している。
ちなみに本サイトでは、Fusion360というフリーの3DCADを使ってモデルを作り、それをキャプチャーで説明をさせてもらっている。無料であるが、非常に使いやすいので、機械設計者も違和感なく使用でき、このような説明用途や、3Dプリンタでつくるためのモデルづくりなど多くの場面で利用できるように思う。
具体的な設計例として、CADで描いてみたので、紹介する。
・球体をどのように構成するか?
・予圧をどのようにかけるか?
ここでは、球体をねじ先に設けた例を示している。旋盤一体加工(ねじ部と球面を同時に加工)でも良いし、球を圧入(球を別で準備してかしめて固定)したものでもよい。豊富な購入部品ラインナップを誇るミスミ(https://jp.misumi-ec.com/)で見てみると先端が球体になっているねじを見つけられるだろう。表面は平滑(高い面粗度)な方が位置決めに有利だ。
また、本設計例ではこのねじを使って高さと傾き(チルト)を調整できる構成にしている。ねじを回して目標の姿勢になったらナットで回り止めをして姿勢を維持できるようにしている。
微小な高さや角度を調整したい場合は、細目ねじ(ねじピッチが標準ねじよりも小さいもの)を使えばよい。
キネマチックカップリングというだけあって、調整前後で拘束条件が変化せず、6自由度が過不足なく拘束されている。固定される部材(赤部品)またはそれに何かしらの部材を追加している場合でも、それら部材のゆがみを抑制できている。このようにキネマチックカップリングを使えば、3軸の駆動調整機構がガイド部品も使わずに、非常にシンプルな構成で実現できる。
ただし、予圧力は加わってしまうので、必要な最低限の力に予圧を設定した方が良いだろう。例えば、ばねの代わりに直接ボルトでトルク締めする場合はすべてのボルト軸力が加わってしまうので注意が必要だ。
予圧の必要性は、このカップリングの用途によるが、一般的には外力や振動で浮き上がらないように一定の予圧を設けてあげる方が望ましい。かかる外乱よりも大きな力を印加すればよい。
この例の予圧機構としては、段差付きのボルトを下のベースに締め切り、ボルト頭と固定される部材(赤色)との間に力が働くようにコイルスプリングを設けている。もちろん強い予圧が必要であれば皿ばね(中心に穴の開いた円盤状の板を円錐状にし、底のないお皿のような形状にしたばね。コイルばねに比べて小さなスペースで大きなばね力を発生できる)を複数積み重ねて使用してもよい。
この例では手動で高さと角度を調整しているが、ねじとナットをアクチュエータに置き換えると、自動調整機構の構成になる。例えば、以下のようなシチズン千葉精密モータのリニアモータを使ってみても良いだろう。https://ccj.citizen.co.jp/product/actuator
ベース部材(紺色)には直接3か所のV溝が彫られている。精度が必要な場合は球と接触する斜面の平滑度を高く加工するように図面に指示しよう。溝の角度は左右均等に45°にするのが最も安定するだろう。
今回もFusion360を使用して設計、モデリングを行っている。普段の仕事ではこれとは異なるハイエンドCAD(NX)を使用しているが、直感でスムーズに設計することができた。断面も「断面解析アイコン」➡断面を切りたい平面を指定(必要に応じて面からの距離や角度を指定)して簡単に表示できた。
もう一つの設計例も示しておこう。姿勢を調整するための設計例ではないが、この例の利点は、接触する球の真上から予圧を与えているために、予圧によって保持される部材(赤)を変形させる(曲げる)力が抑制されていることである。
球体は最初の設計例と同じく、旋盤加工でねじと球体を加工するタイプであるが、下から突き当たるまでねじ込むタイプなので、高さ・チルトの調整をするための構成ではない。
この例では、着脱再現性と保持される部品の変形抑制に重点を置いている。予圧はばねにより一定に加えられるため、ねじりや曲げといった予圧による外力がほとんどかからない構成となっている。
着脱は少し煩雑にはなるが、3つの球がV溝に落とし込んだあとに、両サイドの予圧用のガイドボルト、予圧ばね用プレート、予圧ばねを入れてボルトの肩が当たるまで締めこめばよい。
ばねを使わずに直接ボルトで締結することも可能であるが、球の応力集中による破損、ボルト締結時の回転成分によるなじれや位置ずれ、ボルト軸力のばらつきによる誤差などの懸念がでるため、高精度を望むのであれば、本例のように、軸方向のみに力がかかるような構成が望ましい。
このように、多少部品点数は増え、着脱の手間はかかるが、搭載再現性精度を重視するのであれば、この例のように保持される部材を変形しないように、支持点の直上から予圧を与える構成が望ましい。
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